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最高裁判所第二小法廷 平成3年(行ツ)46号 判決

上告人

黒沢伍三郎

黒沢朝子

黒沢睦子

西山怜子

上告人兼右四名訴訟代理人弁護士

西山明行

被上告人

松戸市長

宮間満寿雄

松戸市建築主事桜井輝夫

松戸市建築審査会

右代表者会長

片岡武

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人兼上告代理人西山明行の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下において、本件各処分及び裁決の取消しを求める本件訴えをいずれも不適法とした原審の判断は、正当として是認することができる。都市計画法二九条ないし三一条及び三三条の規定するところによれば、同法二九条に基づく許可(以下、この許可を「開発許可」という。)は、あらかじめ申請に係る開発行為が同法三三条所定の要件に適合しているかどうかを公権的に判断する行為であって、これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないという法的効果を有するものであるが、許可に係る開発行為に関する工事が完了したときは、開発許可の有する右の法的効果は消滅するものというべきである。そこで、このような場合にも、なお開発許可の取消しを求める法律上の利益があるか否かについて検討するのに、同法八一条一項一号は、建設大臣又は都道府県知事は、この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定又はこれらの規定に基づく処分に違反した者に対して、違反を是正するため必要な措置を採ることを命ずることができる(以下、この命令を「違反是正命令」という。)としているが、同法二九条ないし三一条及び三三条の各規定に基づく開発行為に関する規制の趣旨、目的にかんがみると、同法は、三三条所定の要件に適合する場合に限って開発行為を許容しているものと解するのが相当であるから、客観的にみて同法三三条所定の要件に適合しない開発行為について過って開発許可がされ、右行為に関する工事がされたときは、右工事を行った者は、同法八一条一項一号所定の「この法律に違反した者」に該当するものというべきである。したがって、建設大臣又は都道府県知事は、右のような工事を行った者に対して、同法八一条一項一号の規定に基づき違反是正命令を発することができるから、開発許可の存在は、違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ開発許可が違法であるとして判決で取り消されたとしても、違反是正命令を発すべき法的拘束力を生ずるものでもないというべきである。そうすると、開発行為に関する工事が完了し、検査済証の交付もされた後においては、開発許可が有する前記のようなその本来の効果は既に消滅しており、他にその取消しを求める法律上の利益を基礎付ける理由も存しないことになるから、開発許可の取消しを求める訴えは、その利益を欠くに至るものといわざるを得ない。論旨は、違憲をいう点を含め、これと異なる見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官藤島昭の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官藤島昭の補足意見は、次のとおりである。

一  都市計画法(以下「法」という。)は、無秩序な市街化を防止して都市の健全で計画的な発展を図ることを趣旨とする市街化区域、市街化調整区域の制度を設け、かつ、良好な市街地を実現するため、宅地造成に一定の水準を確保することを目的として、開発行為に対する規制を行っている。その規制の概要は次のとおりである。

(1)  市街化区域又は市街化調整区域において一定規模以上の開発行為を行う者(以下「開発行為者」という。)は、原則として、あらかじめ、法三三条一項各号に列挙されている開発許可の基準(以下「許可基準」という。)に準拠して、法及び都市計画法施行規則(以下「規則」という。)所定の事項を記載した申請書及びこれに添付すべき図書等を提出して(法三〇条一、二項、規則一五条ないし一七条)、都道府県知事(ただし、法八六条一項に基づく委任がされた場合は、委任を受けた市長。以下「知事等」という。)の許可(以下「開発許可」という。)を受けなければならず(法二九条)、(2) 知事等は、申請に係る開発行為が許可基準に適合しているときは、開発許可をしなければならない(法三三条一項)。(3) 開発行為者は、当該開発行為に関する工事を完了したときは、その旨を知事等に届け出なければならず(法三六条一項)、(4) 知事等は、右届出があったときは、当該工事が開発許可の内容に適合しているかどうかについて検査し、その検査の結果当該工事が当該開発許可の内容に適合していると認めたときは、検査済証を当該開発行為者に交付し(法三六条二項)、当該工事が完了した旨を公告しなければならず(法三六条三項)、(5) 開発許可を受けた開発区域内の土地においては、右公告があるまでの間は、知事等が支障がないと認めた場合を除いては、建築物等を建築してはならない(法三七条一号)。(6) そして、建設大臣又は都道府県知事は、法又は規則の規定若しくはこれらの規定に基づく処分に違反した者に対して、建築物等の改築、移転若しくは除却その他違反を是正するため必要な措置を採ることを命ずることができる(以下、この命令を「違反是正命令」という。)とされている(法八一条一項一号)。

これら一連の規定に照らせば、開発許可は、開発行為に着手する前に、当該開発行為が許可基準に適合していることを公権的に判断する行為であって、それを受けなければ開発行為に関する工事をすることができないという法的効果が付与されており、また、検査済証の交付は、当該工事が開発許可の内容に適合していることを公権的に判断した上でされるものであって、それが交付されなければ当該工事の完了の公告はされず、予定されている建築物等を建築することができないという法的効果が付与されているのであって、許可基準に違反する開発行為がされ、更にその上に建築物等の建築が進められることを未然に防止することを目的としたものということができる。

二  そこで、まず、開発許可と検査済証の交付との関係について検討する。

前述したとおり、知事等は、開発許可に係る工事が完了した旨の届出があったときは、当該工事が開発許可の内容に適合しているかどうかを検査し、その検査の結果当該工事が当該開発許可の内容に適合していると認めたときは、検査済証を交付することとなっている。このように、検査済証の交付という行政処分は、開発行為に関する工事が、先行する開発許可という行政処分の内容に適合するかどうかを検査した上でされるものであるため、二つの行政処分は、不可分的に関連を有するものとしてとらえることができる。この点、建築基準法においては、建築確認は、当該建築物の建築計画が建築関係規定に適合するかどうかという観点からされ(建築基準法六条)、工事が完了したときは、建築主事は、その工事が建築確認の内容に適合しているかどうかを検査するのではなく、改めて、当該建築物及びその敷地が建築関係規定に適合しているかどうかを検査し、これに適合していることを認めたときは検査済証を交付する(建築基準法七条)という手続を採っているため、この二つの法律が定める手続を比較すると、そこに差異があることは明らかである。建築基準法においては、建築確認と検査済証の交付は、切り離されて別個独立の行政処分となっているため、建築確認の存在は、検査済証の交付を拒否する上において法的障害とならないことはいうまでもない。これに対し、都市計画法上は、開発許可の存在が、検査済証の交付を拒否する上において法的障害となり得ると解する余地がある。例えば、開発行為者が、自己の行おうとする開発行為が許可基準に適合していないのに、過ってこれに適合するものと考えて、客観的には許可基準に適合しない開発行為をすることの許可を求める旨の申請書等を提出したにもかかわらず、知事等の過誤によりこれが看過され、右申請に係る開発行為が許可基準に適合するとの誤った判断の下に開発許可がされた場合には、開発許可の内容が客観的には許可基準に違反するものであっても、開発行為に関する工事が開発許可の内容に適合している以上は、検査済証の交付を拒否できないという解釈も、法三六条二項の文理のみからすれば可能だからである。

しかし、法三六条二項にいう開発許可は、それが法三三条の許可基準に適合していることを当然の前提とするもので、知事等の過誤により、許可基準に違反する開発許可がされるなどということは、もとより法の予定するところではない。したがって、許可基準に違反する開発行為の現出を防止し、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るという法の目的に整合するよう、法を合目的的に解釈することは許されるべきである。右の見解に立てば、法三六条二項にいう開発許可には、法三三条の許可基準に違反するものは含まれないと限定的に解釈するのが相当である。そうすると、たとえ工事が開発許可の内容に適合していても、開発許可の内容自体が客観的に許可基準に違反した違法なものである場合には、知事等は、検査済証の交付を拒否し得ると考えられる。このように考えると、開発許可の存在は、検査済証の交付を拒否する上で何ら法的障害となるものではない。

三  次に開発許可、検査済証の交付と法八一条一項一号に基づく違反是正命令との関係について検討する。

前記の例に即して考えると、開発行為に関する工事が開発許可の内容には適合しているが、その開発許可が、知事等の過誤により、客観的には許可基準に違反している場合には、二で述べたように、知事等は、検査済証の交付を拒否し得る。しかも、そのような開発許可に従った開発行為は、客観的にみれば法三三条の許可基準に違反したものであり、したがって、開発行為者は、法三三条の許可基準に違反した開発行為を行った者として、法八一条一項一号の「この法律に違反した者」に該当し、その者に対して、法八一条一項一号に基づく違反是正命令を発し得ることとなる。そして、右の場合、仮に過って検査済証が交付されても、法八一条一項一号に基づく違反是正命令を発し得る点は同じである。そうすると、開発許可の存在又は検査済証の交付は、法八一条一項一号に基づく違反是正命令を発する上で法的障害にはならない。

なお、前記の例のような場合において、検査済証の交付を拒否され、あるいは、違反是正命令が発せられたことにより、開発行為者が財産上の損害を受けた場合に、開発許可に関する知事等の過失を理由に国家賠償を請求し得るか否かは、別個の問題として、検討されるべきである。

四  本件は、開発許可がされ、工事完了により検査済証が既に交付された事案であるが、前述したように、法に違反した者に対しては、開発許可又は検査済証の交付を取り消すまでもなく、法八一条一項一号に基づく違反是正命令を発することができるので、違反是正命令を発するについての法的障害を除去するために、開発許可及び検査済証の交付を取り消す必要があるとする考え方には賛成し難い。したがって、本件開発許可及び検査済証の交付の取消しを求める訴えは、その利益を欠くものといわざるを得ない。

五  ちなみに、開発許可に違反して許可区域外において開発行為に関する工事をした場合、許可に付された条件に違反した開発行為に関する工事をした場合、詐欺等不正な手段によって許可を得て開発行為に関する工事をした場合には、検査済証の交付はあり得ず、また、右のような開発行為者に対しては、開発許可を取り消すまでもなく、法八一条一項二号ないし四号に基づき、違反是正命令を発し得ることはいうまでもない。

(裁判長裁判官大西勝也 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)

上告人兼上告人ら代理人西山明行の上告理由

第一点 原判決には法令違反、審理不尽と理由不備の違法がある。

一 原判決は、本件開発許可処分、開発変更許可処分、建築承認処分、開発工事検査済証交付処分、建築確認処分、建物検査済証交付処分について、いずれも取消しを求める訴えの利益は失われたとし、その理由として、本件ではいずれも開発行為の工事及び建物建築工事が完了し、それぞれの検査済証が交付され、建物に入居者が入居し、使用に供されたので、仮にそれら処分が判決により取消されたとしても、違反是正については当該処分者等の裁量に任されているので、違反是正について判決が拘束するわけではないからであるとする。

そして、右判断の前提として、開発許可処分、開発変更許可処分、建築承認処分や建築確認処分の取消判決がなされた場合、遡及的無効という考え方をとらず、それまでは有効であって取消判決確定後に是正措置の監督処分により対処されるべきであるとのいわゆる公定力の考え方を採用しているもののようである。

二 しかしながら、右の公定力的な考え方は、現行法制がア・プリオリに採用している考え方ではない。取消とは、民法の原則に従うならば、処分当時に遡って無効となるものであり(民法一二一条)、この原則を適用しないについては各場合における個別具体的な事情を検討すべきである。本件に即して考えるならば、仮に取消判決が確定した場合、無許可工事であるとして刑事制裁を加えるかどうかという点については当該行政庁の外部に表示された処分の公的な信頼性に十分な配慮を加えることも必要と考えるが、許可申請を出し直させるか、或いは無許可開発・無許可建築として扱い建築物の除却等の対象とするか等の点については別の視点から考察することが妥当である。即ち、これらのポイントについては、行政庁、申請者、近隣住民等のそれぞれの利害状況を比較衡量して結論を出すべきであり、申請者の法規違反の程度、近隣住民等の見込損害の程度等を十分に検討しなければ結論に至ることはできないものである。

また、仮に処分の通常の瑕疵につき右の公定力的な考え方をとるとしても、例えば、右処分の帯びる瑕疵が重大かつ明白である場合は、講学上も無効と考えられており、取消ないし無効確認判決がなされた場合、それまでは有効であって取消判決確定後に是正措置の監督処分により対処されるべきであるとのいわゆる公定力的な考え方が採用される余地はない。本件では各当該行政庁の処分の瑕疵が重大かつ明白であるか否か検討もしないまま、取消判決がなされた場合、それまでは有効であって取消判決確定後に是正措置の監督処分により対処されるべきであるとのいわゆる公定力的な考え方を採用しているのであって、審理を尽くさないまま誤った結論に直行してしまったと指摘せざるを得ない。瑕疵が重大かつ明白な場合は、是正措置の監督処分という対応の仕方を考える余地はなく、行政庁は、無許可や無届の工事に対応するやり方で監督権限を発揮すべきであり、この場合には刑事制裁を免脱させるだけの合理的理由はない。

かように、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな審理不尽、理由不備の違法があるほか、法令の違背があるというべきである。

三 原判決は、右に述べた通り、本件右各処分が判決により取消されたとしても、違反是正については当該処分行政庁等の裁量に任されているおり、違反是正について判決が行政庁を拘束するわけではないとする。

しかし、このような、「違反是正についての当該処分者等の裁量」とか、「違反是正についての判決の拘束力」という議論は多かれ少なかれ処分取消訴訟にはつきものである。例えば、個人タクシーの免許申請に対する拒否処分にしたところでその拒否処分を取消したからといって免許がでるといったものではない(但し、同じ理由での拒否処分はできなくなる。)が、これは立派な取消訴訟の一典型として認められているところである。

また、取消判決が下されれば、形式上は許可のなされなかった工事ということとなり、都市計画法、建築基準法上の法規制は勿論行政指導がなされるべき必要性が増すこととなる。このように、周辺住民にとっては、たとえ行政指導であってもそれが行政庁によって発動されうる地位というものは法的利益というべきであり、現代行政が陳情、行政指導、補助金といったソフトな手法でなされていることに思いを致せば、上告人(原告)らにハードな法的手段をとるみちがないとの一事をもって「訴えの利益」がないということは、余りに旧来の議論にとらわれ過ぎているといわねばならない。本件は、取消判決によって無許可工事と同じ取扱いが予想される案件であり、上告人(原告)らの地位は単なる行政指導を期待するだけのものではなく、もっと強固なものである。確かに、原判決のいうように、取消判決がなされなくても行政庁は違反状態の是正をなしうるし、取消判決がなされても違反是正のなされない場合もあろう。しかし都市計画法、建築基準法の各法規は、その目的において周辺住民らの生命、健康、財産の保護、福祉の増進をうたっており、行政庁は、あらゆる手段を通じてそれらの目標を達成すべく法的義務を負っているというべきであり、その反面として周辺住民らは行政庁に自らの生命、健康、財産の保護、福祉の増進を要求する法的権利があるというべきであり、現代の周辺住民等はもし取消判決がなされたならばその判決の線に沿った行政を実現させるだけの力量を持った存在である。その際には、取消判決のあるなしが大きな影響を与えることは裁判所も経験的に感じとっているところであろう。このような社会的背景のあるなかで、取消判決があったところで行政庁の裁量権限行使に何ら影響を与えないから訴えの利益なしとする議論は浮世離れしたものであるといわざるをえない。

また、原判決のいうように、取消判決が行政庁のその後の監督権限行使に拘束力を持たないというのであれば、取消判決によるもう一つの影響、即ち、法律に即した適正な行政の確保という点にも目を注いで頂きたい。一般的に適法な行政を享受するというのも周辺住民にとって一つの大きな法的利益である。

かように、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるというべきである。

四 次に本件については、この種のトラブルをどのようにして解決したらよいのかという点について、一般的に裁判所にビジョンが欠けていると指摘せざるを得ない。本件のような訴訟事件につき、最高裁平成元年二月一七日判決が原告適格の拡大をしたのはよいが、その後の始末が余りにもお粗末である。せっかく原告適格を拡大しても原判決のように「訴えの利益」論でこの種の訴訟を閉め出してしまうのでは最高裁平成元年二月一七日判決の精神が踏みにじられたと言っても過言ではない。特に、本件では、原判決の言う「訴えの利益」が失われたについては上告人らに全く責任はない。原告適格を拡大した上で本件のようなケースにどのように対処していくのか裁判所として明確なビジョンを示すべきである。

五 また、原判決は、建築物の工事が完了したときは建築確認処分に対する裁決の取消しを求める訴えの利益も失われると判断する。

しかしながら建築確認処分に対する裁決を行なう建築審査会は一種の行政庁であり、仮に裁判所が「訴えの利益なし」と判断するとしても、行政機関の立場としては別異の判断のなされる可能性もあり(特に、行政不服審査法においては、行政不服審査の目的としては、「行政の適正な運営」も一つの大きな柱となっており、国民の権利利益の救済のみに主眼を置く司法機関とは一線を画す。)、裁判所が原処分につき訴えの利益なしと判断したことを理由として裁決取消訴訟の訴えの利益なしとすることは、一種の越権行為である。

次に、上告人らに原判決のいうように原処分(建築確認処分)を争うにつき実体法上訴えの利益がないとしたところにしても、上告人らは、適正な手続により行政不服審査を受ける手続法上の権利がある。この手続法上の権利があればこそ、例えば、国税不服審査において理由不備の裁決が取消されたりするのである。かかる手続法上の訴えの利益を無視した原判決は取消されるべきである。

かように、原判決には、この点でも判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるというべきである。

第二点 原判決が、訴えの利益なしとして、本案の裁判を受ける権利を奪ったことは、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と規定した憲法第三二条に違反する。

一 開発許可処分、同変更許可処分、建築承認処分

(一) 原審は、開発許可処分、同変更許可処分につき工事が完了したことを確認し、開発許可の内容に適合していることを認め、検査済証が交付された以後は、訴えの利益は失われるとし、さらに、建築承認処分についても建築工事が完了したことを確認し、法令等の規定に適合していることを認め、検査済証を交付した以後は、訴の利益は失われると判断した。

(二) 本件裁判と訴の利益との関係

1 本件開発許可処分のなされた日は、昭和六〇年九月二六日であり、上告人らがこれを知った日は同六一年一月一四日である。

2 工事完了以前の建築承認処分のなされた日は、昭和六〇年一〇月一八日であり、上告人らがこれを知った日は、同六一年一月一四日である。

3 開発行為変更許可処分のなされた日は、昭和六二年一月一四日であり、上告人らがこれを知った日は昭和六二年二月九日である。

4 上告人らは、前記12の処分につき昭和六一年三月七日訴外千葉県開発審査会に対し、審査請求をなし、同年六月三〇日に口頭審理がなされ、昭和六二年三月三〇日に裁決がなされた。

また、前記3の処分につき審査請求をなしたのは、昭和六二年三月二日、口頭審理は同年七月二二日、裁決がなされたのは同年一二月二日である。

5 上告人らは、審査請求の審理中、前記12の処分につき、昭和六一年九月五日、本訴を提起し、翌六二年三月二六日前記3の処分を追加したが、平成二年三月二六日本件判決が言渡された。

6 前記12の処分についての裁決は、審査請求の日(昭和六一年三月七日)より起算して一年二三日間を要し、判決は、訴提起の日(昭和六一年九月五日)より起算して二年一一ケ月二六日を要した。

また、前記3の処分についての裁判は審査請求の日(昭和六二年三月二日)より起算して九ケ月を要した。

7 原審が、本件について、訴の利益が失われたと認定した日付は昭和六二年二月四日である。訴の利益が失われた日を基準にして、審理可能な期間を計算すると、

前記12の処分に対する審理請求の期間は一〇ケ月と三日間であり、原審における審理の期間は五ケ月間である。

前記3の処分については、上告人らが右処分のあったことを知った日が右訴の利益を失った日以後であるから、審査請求も訴提起もともに訴の利益を失う以前に提訴することは不可能である。

8 前記12の処分については、審査請求および提訴時より訴の利益喪失時まで、或る程度の期間があるので、理論上、審査および裁判を受ける可能性もあり、執行停止制度を利用することも可能である。しかし、前記3の処分については、訴の利益喪失の日を基準とする限り、審査請求の機会を奪われ、裁判を受ける機会自体を否定されているのである。

したがって、上告人らは、前記12の処分については、判決言渡の期日を二年一一ケ月の長期に亘って遅延することにより、事実上、裁判を受ける権利を奪われ、前記3の処分について、最初から審査請求の権利と裁判を受ける権利を奪はれることになる。

二 開発行為に関する工事の検査済証交付処分。

(一) 原審は、たとえ検査済証交付処分が判決で取消されたとしても、建設大臣又は都道府県知事に対し是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものでないから、予定建築物の工事が完了したときは、訴の利益は失われると判断した。

(二) 本件開発許可処分については同時に開発行為の工事完了公告以前の建築承認処分がなされ、その結果、開発許可に基づく開発行為の工事完了と建築確認に基づく建築工事の完了時期は同一となり、昭和六二年二月四日両工事の検査済証は同時に交付された。

(三) 原審認定の如く工事完了時である昭和六二年二月四日には、訴の利益が失われるとする理論を前提とする限り本件処分は、処分の時点において、すでに審査請求の対象にもならなければ裁判の対象にもならないのであり、全く争う余地のない処分であること明白となる。また執行停止制度を利用できないことも当然となろう。

(四) 争う余地のないことが明らかな行政処分であるならば、法律は提訴できないことを明示すべきである。

ところが、関係諸法令は、本件検査済証交付処分についても審査請求前置主義をとり訴の提起も禁止していない。

右のとおり審査請求も訴提起も禁止していない法の趣旨からは工事完了後であっても訴の利益ありと解すべきである。

(五) 原審は、予定建築物の工事が完了したときは、訴の利益は失われるとして建築工事の完了を訴の利益喪失の要件とする。開発行為と建築工事とでは、処分の対象を異にする。

仮りに建築工事が完了した後においても、開発行為に関する検査済証交付行為を取消して開発許可の内容に適用する工事を施行することは十分に可能である。原審が、建築工事が完了した後においては、開発許可の検査済証交付処分について訴の利益がないと認定したことは根拠がない。原判決は、上告人らから裁判を受ける権利を奪うものである。

三 建築確認処分

(一) 原審は、建築確認処分につき当該工事の完了をもって訴の利益は失われたと判断した。

(二) しかしながら、本件行政訴訟の第一審判決に至るまで二年一一ケ月を要したのは、第一審裁判所の責任である。

仮りに、上告人らが第一審で勝訴した場合であっても被上告人らが控訴した場合、同一の結論に至ること明白である。したがって、原判決は、上告人らから審査請求をする権利は勿論、裁判を受ける権利を剥奪するものであるから憲法に違反する(憲法三二条)。

四 被上告人松戸市建築審査会が、昭和六一年七月二四日なした松建審第一号裁決。

(一) 原審は、裁決についても、建築工事が完了したときは、訴の利益も失われると判断した。

(二) 上告人らが審査請求をなした日は、昭和六一年三月七日である。裁決がなされた日は、昭和六二年三月三〇日である。

審査請求から裁決までの期間は一年と二三日間である。裁決の時点ですでに訴の利益は失われていたことになる。

また、本訴を提起した日は、昭和六一年九月五日である。判決言渡しの日は提訴より二年一一ケ月二六日経過後の平成二年三月二六日である。

(三) 昭和六二年二月四日に訴の利益が失われたとするならば同年三月三〇日になされた裁決の内容が如何なる違法・無効なものであっても審査請求人である上告人らに対する救済の途はないことになる。

原判決は、裁判を受ける権利を保障する憲法第三二条に違反する。

以上

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